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なんか今季はアニメの感想をちっとも書いてなかった。
暑くてパソコン付けてらんないとかやってるうちにズルズルと日々が過ぎてた。 今季は木曜日が、戦コレの裏に選コレという状態になってたんですねぇ。 それにしてもテレ東はすごいな。 戦コレと織田信奈を同時期に放送させてる上に、イナイレも織田信長編だったんだよな丁度。まるで信長のバーゲンセルだぜ。 戦国乙女の2期も今季にやるべきだったな。 一方で土曜日は、ドリランド→MXソードアッート→チバでセクロスワールド…と ネトゲデー(?)になってるんですね。 みんなドリランドよりMXの犬日々'行くだろうけど。 犬日々'はリスの国が出てくるんなら、ウサギはここに分類して欲しかったな。 猫の国に分類されてるんだよね。 そういや犬日々は第2期になってからノリが何かに似てきたような気がするとずっと気になってたんだけど、やっと思い出せた。 『とらかぷっ!』っていう昔あったエロゲーに似てるんだ。 向こうは虎と龍と鳥類だけど。幼馴染って点も似てるな。 今季は一番期待してたのが衰退だったんですが、まだ録画見てません。 まだ番宣や評判しか見てないですが、ぷよぷよを長く見てきた自分には、妖精さんの一人がパノッティというキャラに見えてしまう。 そう思いながらよく見てみると…(以下略 衰退が期待外れだったら自分の中の今季一番は、じょしらくになる。 そうなると3季連続同じ枠のアニメが一番になってしまう。 しかし『じょしらく』というタイトルなのに、女子がラクロスをする気配が全く無い。 どっかのアイスホッケーしなくなった漫画みたいなものだろうか。 ところで最近、萌えアニメの合間でも大量にウシジマくんのCM見るのだが、勘弁してくれ。怖い現実見たくないよ>< PR |
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連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。
意外と大きかったときに驚く。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 大きい方がダイナミックに動く。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 大きさだけ求める人もいれば、美しさを求める人もいる。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 でかけりゃいいってもんじゃない…と、かっこつけて言っちゃう。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 大きいのが潰れる場面がいいという人もいる。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 (対戦時の)大連鎖の点数の上2桁の数字って、バストサイズっぽい。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 どんな大きさに出会える巡り合わせも、常に揺れている。 連鎖の大きさと、おっぱいの大きさは似ている。 好きになりすぎると、夢にまで出てくる… |
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ぷよ対戦をする機会は、フィーバーオンラインのクラシックモードのみ。
相変わらずそんな手慰み程度しか無い最近です。 最近こっちが勝つたびに「ツモ運雑魚」と言って切断してしまうプレイヤーがいる。 こっちのツモ運以前に、一番の原因が相手の判断ミスという時にまで言われるから地味に凹みます。 暴言や切断はともかく、そういう状態になってしまうだけの理由が何かあるのか。 それが少し気になった。 僕も若い頃は色んな些細なことにも不満や苛立ちを感じ、悩まされていた。 なんだかそんな頃を思い出して。 まず最近の連鎖界の話題を見て、注目されてる層というものを把握してみる。 何故なら、その裏で注目的にも評価的にも実力や頑張りが分相応に冷遇されちゃう貧乏くじみたいなポジションというのが、いつの時代でも必然的に生まれてしまうものだからだ。 そういうのが関係あるのかなーと思って。 インターネットというのは、被害妄想発生装置でもあるので、そういう心理には拍車をかけるんですよ。 負けるたびに相手のドヤ顔が思い浮かぶようになったり本当にある。 昔から見ている身としてはよくわかってる。 具体的にどんな層がその損な役回りになるかは、その時々の盛り上がりや雰囲気で違うけど。 しかしこういうのって、誰も注目してくれていないように本人が思っていても、ちゃんと見てくれる人は見ていてくれてるもんだよ。 実際、切断数を見てみようと過去対戦相手リストを検索してみたら、昔「強いなー」と思ってチェックしておこうと、フレンドリストに登録していた一人だったもの。 まぁ僕に評価されてても嬉しくないだろうけど。 そしていつか…注目や賞賛よりも、そんなのを求めて一喜一憂できるほどに真剣に向き合えた物があったことを一番の財産と思える日が来るといいなーと願います。 …あ! そんな風に思えるだけの“ぷよ”って存在との出会いを…人生の中でツモれたんだな、僕は。 やっぱり、言われたとおり「ツモ運雑魚」だったわ。 そんな今日は『ぷよの日』であり、ばよえーんツアーの95と96のファイナルが過去に開催された日でもある。 |
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毎回恒例の『な○は完売』なんかのニュースを見ながら家を出発。
途中の大江戸線でミラクルトレインに乗車することもなく無事会場に到着するマターリ一般参加組です。 マターリ参加組なので、世間で言われてる地獄絵図だの阿鼻叫喚なんかとは全く縁がありません。 そもそもコミケなんかより、現実の社会の方がよっぽど辛いと思う。 買えたアイテム、買えなかったアイテム、そもそも新刊無かったサークルさん、新規発見したお気に入りサークルさん…。 特に変わったこともない非常にいつも通りのコミケでした。 というかそろそろ一定のテンプレで動くようじゃないと辛い歳なのかも。 1日目に壁サークルさんで買った、ゆるゆりのでかいクリアファイルが可愛くて(特に結衣先輩)何度も眺めてニヤニヤしてます。 このサークルさんの存在は、COMIC1の時に犬僕の本を買って知りました。 それが無かったら、今頃手に入ってなかったんだなぁ、これ。 でもその隣の壁サークルさんも、たまたまいつも並んでるとこだったからわからないかも。そのサークルさんも可愛い本出してて大好き。 COMIC1の存在って自分みたいなのには何気に大きいんだよね。 人の数がコミケより少ない分、いつもコミケだと人だかりが出来てて内容確認すらも難しいから諦めてたとこに訪れることができたりして。 こういう機会、今回に限らず実は何度もあったりします。 サンクリなんかも行くようになったら、そういうの増えるのかな? 逆にコミティアで初めて知ったサークルさんにコミケの時行ってみたら、版権系では全然違う方向性の内容描いてて驚いたりすることもある。 創作系といえば、前にコミティアで買った素敵な擬人化本のサークルさんが、今回は31アイスの擬人化本を出してくれてて嬉しかったです。 実はこのサークルさん、長らく擬人化をお見掛けしなかったので、チェックから外れてしまってました。 思い出したきっかけは、最近たまたま近所の本屋で表紙が可愛いかったから思わず手にした児童書のイラストがその作家さんだったから。 色々考えてみると、綿密な計画と忠実な行動が大きいようでも、偶然の出会いにも助けられているんだな。 コミケに限らず、運命ってそんなのの連続なんだろうけど。 そして、大好きな夏色キセキとシンフォギアの同人誌は一冊も買えませんでした。 +゚(゚´Д`゚)゚+ みく×ひび読みたい…りん×ゆか読みたい… ところで、コミケのエッチな紙袋がニュースになってるそうです。 こういうのって、最初は持ってるだけでなんかの仲間入りできたみたいで嬉しいんだけど、段々踊らされてるだけな気がしてきても、やめられないんだよね。 ただ、クレーム出してる人たちの一部は少し誤解しているんじゃないだろうか。 イベントでの紙袋というと、数年前のゲームショーやおもちゃショーの日に海浜幕張駅を降りた瞬間に配ってたようなののイメージで、実際以上に多くの人が持ってると思ってるとか。 こういう紙袋をカバーするアイテムというのが発売されてもいいと思う。 実際に本当は恥ずかしい人、持ち歩いて汚したくない人もいるだろうし。 そう前々から思ってたけど、それは恐らく僕だけじゃないだろう。 やっぱりそういうのって、企業側が宣伝効果にならなくなるからとかいう関係で圧力が掛かったりするんですかね? |
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うぽって…毎週見てるんですが、5話目にして疑問が湧いてしまった。
悪者みたいな役割の擬人化キャラが出てきたので。 こういう展開で話を盛り上げようとするのは、萌え擬人化としてどうなのかな?という。 余談だけど、この疑問を抱いた瞬間にたまたま録画が誤作動で止まった。 (『じょしらく』の時間変更の関係らしい) それだけの理由がある銃なのかもしれないし、来週の展開を見ないことには、何とも言うべきではないのでしょうが。 できたら誰も悪者にならないような茶番で締めて欲しいなと個人的には思います。 たまたま今週の『うぽって』を例に出していますが、前々から最近の萌え擬人化界の傾向を見て思っていたことです。 いい機会なので言わせて頂きます。 萌え化ってのをする以上は、“萌え”という自分が作ったわけでもなんでもない伝統を扱うわけです。 だからその「美しい夢の世界」という看板に泥を塗ってしまうような行為は、軽く考えてはいけないイレギュラーと言っていい程のレベルと認識すべきだと思うんですよ。 本当に良い萌え擬人化作品は、それを意識したが故に自縄自縛な制限が掛かったとしても、その中でアイディアを絞って面白い内容を生み出しています。 むしろそれにすらも楽しみ、喜びを感じているようにすら見えます。 萌え擬人化は、元ネタへの知識なんかも大事ですが、それ以上に「萌えへの理解」ってのも中途半端にして欲しくないと思います。 だってそれが無かったら、萌え化した意味が無くなるじゃない。 萌えの部分が、ただの「客寄せパンダ」になっちゃうよ。 擬人化に限った話ではないですが、萌えブームのせいで最近その辺りに理解を傾けてくれない作品が増えたように思えます。 “萌え”を扱う以上は、萌え作品として冗談でもやってはいけないことの分別は、意識して欲しい。 (その基準は人によって様々に割れてしまうとしても) ちなみに私が薬擬人化を綺麗事の世界観(「薬は人を救うもの」とか)で貫きたいのも、そんな理由が一番です。 薬への思い入れだけが理由だと周りには確実に誤解されていますが。 そう、私は心の薬も擬人化も…そして萌えも愛しているのです。 当然ですが自分の勝手な好みなので、他の方にも求める気はありません。 オタク趣味というのは今まであまり強い立場ではありませんでした。 それ故に本来、萌えが絡まない物事を萌えで表現するということにはどこか「子供のイタズラ」のような要素があるんじゃないかと思うのです。 しかし「子供のイタズラ」というのは大人の力で行えば、時として暴力になります。 暴力という言い方は悪い言い方かもしれませんが、例えるなら「挑戦する立場」の人みたいな意気込みを「挑戦される立場」の人が口に出したら、それは相手を脅してるように聞こえてしまうのと同じです。 商業物への進出、情評系レベルの知識なんかは、明らかな「大人の力」です。 だからこういった関係の方々には、どうか大切なことを見失わないで欲しいなと特に思ってます。 ギャグのためにキャラが崩れても最終的には萌えのベースは崩れない…。 ミルキィホームズやギャラクシーエンジェルみたいなのが、個人的には萌え擬人化の世界観としても理想かな? |

