× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
(昨日が九九の日だったので) 毎年一人ずつ増やす予定だとか冗談で言っていたけど、本当に1年に1人のペースでしか増やせていないでござる。年取ると時間が過ぎるのが早いので。それはそうと、今回の一番のテーマとなった「お絵描き」。 ここでは、それについてちょっと語りたい。 この単語には、僕は相当昔から思うことがあって、気になってたんですよ。 時を遡ること10年以上前…。あるチャットでの出来事。 (インターネット普及辺りの時代からもうそんなに時が過ぎてんのかよ…) お絵描きの話をしている時に、こんな質問が出てきました。 「どうしてわざわざ『お絵描き』なんていう言い方をするのですか?」 質問の具体的な意味は、『お絵描き』という小さな子供の遊びのような表現をするのは何故か? 自分の言動を下げるように見せる理由でもあるのか? …というようなことでした。 普通に考えたら、そういう言い方をワザトすることで「趣味の範囲でやってる」という面を強調したいといった理由が一番強いんでしょうが…。 (それ以前に、そんなの深く考える必要すらない会話の場だったんですけどね) でも僕はその時、それとは別の可能性が頭をよぎっていました。 「お絵描き」という単語の、それぞれの文字の見た目に注目してたんです。 『お』…大きな曲線があり、楕円とはいえ「丸」が出来ている。 『絵』…大部分が斜めの線で構成されていて「三角」を連想させる。 『描』…縦と横の線で安定した形が出来ていて「四角」が堂々とある。 ○△□を連想する文字が並んでいるようにも見えなくもない。 しかもよく考えると、すごい奇跡的なバランスで。 (『き』は演出とかツールを連想できなくもないし省略してもいい) 色んな形のイメージを網羅している文字列から「自由度の高いことをしている」という感覚を得られるのが気に入ってるという理由も少しは無いだろうか。 もちろん意識的にだけではなく無意識も含めて。 『6×4=24』という式の形を見てたら、たまたま『お絵描き』って単語の形と似てる気がして、昔思っていたことを再び思い出してしまったんですよ。 「子供みたいな言い方をわざわざする」 …そんな表現は『お絵描き』に限らず様々な場所で見かけます。 そして時には、その理由を振り返ってみるのも大切だと僕は思ってるんですよ。 その最も代表格ともいうべき例は、『おっぱい』です。 (僕をよく知ってる人は「あ~やっぱり」って思ったでしょうけど) この話、何度目かって感じだけど大切なことだから何度も言う。 現代は「おっぱい」という表現が軽くなりすぎていると思うんですよ。 「女性の胸=おっぱい」ではありません! 「おっぱい」という一つの世界なんです。 本来なら「おっぱい」は幼児語。そしてそんな言い方をわざわざ表現として使ってきた人たちは、ちゃんと意味があってそうしてたんですよ。 その意味の内容は人によって違うでしょう。でもね、特殊な表現を使うって事に意味があるということを意識するかどうかが大切なんです! 最近じゃアダルティなエロ会話でも軽々しく「おっぱい」って言い方が使われていますが、僕から見れば以ての外です! 下品さが高い場合は、せめて「オッパイ」という表現にするべきです。 『おっぱい』という表現の前提すら考えたことのない人が、女性の胸の話を追求しただけで「おっぱい」って単語を出すのを見るのは、もう嫌です。 例えるなら『日本ツインテール協会』を見ている時みたいな気分になります。 どいつもこいつも…誰かが「おっぱい」って言い出したら、まるで免罪符でも得たかのように連呼して単語を軽いものにしやがって…。 自分の言動の薄っぺらさを恥ずかしいとは思わないのか!? (おっぱいの話を現在進行形で堂々としている奴が言っていい台詞ではない) こんな時代が僕は本当に嘆かわしいです。 そりゃ僕だって「おっぱい! おっぱい!」って、よく騒いでますよ。 でもそれは本当に「おっぱい」が好きだから。軽々しいつもりは微塵も無い。 …気が付くと、おっぱいの話を長々としてしまった。 結局、おっぱいのことばかり考えてます。 今回増えた九九の擬人化キャラも、おっぱい大きいけどそれは偶然です。 6の段や8の段の偶数ってなんか豊満そうかな~と思ってしまっただけです。 何気に理由もなく巨乳設定な擬人化キャラは作ってない…つもりです。 PR |
|