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秋は繊細な季節。それはアニメ視聴者にとっても同じなのです。
センチメンタルに暮れてみたり、全ての物事が虚しく感じてしまったり……。 だから「安心して見れるアニメ」が秋季には欲しくなるのです!
かと言って何も起こらないようなアニメが良いというのも違うのです。 安らぎが欲しいのなら、アニメなんて見ないで寝てた方がマシなのだから。 それだけ疲れるほどアニメの多い時代。 現実世界は季節の問題どころか、放送枠の勝ち取り自体が大変でしょうけど。 上手く季節にブースト掛けて貰える枠に恵まれたアニメは勝ち組ですね。 夏色キセキの再放送なんて季節としては合ってないけど、秋季に陥りがちな気分には有難いタイミングなんですよね、実は。うん、やっぱり大好き。 クロスアンジュみたいにハラハラするのは別の季節に見たいですね。 もう、怖いもの見たさで見てる状態。ダメかもしれん。自分は脱落しそう。 selectorのアキラッキーさんなんかは逆に安定しすぎてて安心して見れる…。 どっちも女の子が酷いのに、全然違うものに見えるのは何でだろ。 ガールフレンド(仮)は、安心して見れるという意味では最高の安全を誇る。 世界観や雰囲気はゲームのCMで嫌でも予習済みだし、存在感だけでネタになるキャラが居て、当たり障りのない部分で十分楽しめるというのも知ってる。 今季覇権候補としてスタートダッシュを飾るには、お釣りがくるレベル。 第一週を特番に使ってしまった出遅れすら巨大なマイナスに見える位。 (無かったら無かったで、内容を把握するのに困るけど) あれだけの数の女の子が出てくるのに、背景の建築物にまで目が行ってしまうのも何げにすごい(僕だけかもしれないけど)。建築なんて興味も無いのに。 吹き抜け構造で壁側に階段を持ってきてるガラス張りの場所。 (出番も多かったから校内のかなり中心の部分なのかな?) あれがなんかすごい理想的な構造に見えて気になる。 出入口と同じ高さのフロアから、その先へ進む「繋がり」の部分。 そこに開放感を加える事で、学生たちが学業に対して抱いてしまう重苦しさを少しでも和らげたいという職人の気遣い。まさに匠の技。 このアニメ…いやアニメ界の未来にまで明るい光が届くのが見えるかのようです。 古い学校では目にできなかった新時代の設計。発想の進化は未来を担う若者たちに向けられた贈り物。そして彼女らもまたいつか…次の未来にバトンを繋いでいく時が来る…。その為にも、愛すべき学び舎で今を精一杯輝いて過ごすのだ。 背景一つ見ただけでも壮大なドラマが脳内に広がるアニメ。気合いが違うな。 …そんな大げさな言い方は別としても、大勢のキャラが登場するという前提に対して複数のキャラを同時に絡ませやすくする事を想定して、立体的で視野の広い場所を作っているという意識は絶対あると思うんだよね。やはり職人魂を感じる。 日曜日はコックリさんも安心して見れる系ですね。 そしてもう一つ、天体のメソッド。なんか評判悪いけど僕は好きです。 とにかく可愛い。可愛けりゃ何でもいいって意味じゃくて、あれは素敵な世界を作れる人が生み出せる可愛さ。だから「素晴らしい」という意味も込めた「可愛い」。 今後の展開に何が来ても「可愛い」で全部済ませられそうなくらい可愛い。 月曜は異能力バトルが第二話だったけど、生徒会長が可愛いな。 きっかけは誤解だとしても一緒に居る内に本気で惚れるだろ。僕なら惚れる。 重い女フラグが見えるのは…始まったばかりの恋だからちょっと不器用なだけだよ。 主人公の性格も、根は普通に好感持てる青年だと第二話にして確認できた。 この作品、ちゃんと中二病らしさも踏まえてるし、内容も練られてる。 技のネーミングを考えるのに、文字数の統一性とか変な所で神経質に拘るとこまで描けるとか、ジャキガニストとしてかなり高レベルだぞ。 なのにどうしても何処かで感じてしまった「残念感」は何なのか。 色々と考えてみて、やっと一つの答えに辿り着きました。 主人公が不愉快とかなんじゃなくて「キャラとして未完成」に見えるんだ。 中二病以前に主人公として話の展開に柔軟に対応できる立場に居なきゃならないのが、逆に痒い所まで手が届かない状態になって、もどかしさを感じる。 それで全ての言動に対する裏付けが宙に浮いてるように見えるんだ。 そして「本当に中二病をわかってる人が書いたの?」という疑念に繋がってしまう。 カラクリさえ解ってしまえば何の事もない問題だったな。 中二恋の時に通った道と似たようなもんじゃないか。 よし! これで今後は安心して楽しめる。嬉しい。 自分が楽しみ方を見つけられないだけなのを作品のせいにして得意顔で批判をするなどは視聴者として愚の骨頂ですよね。 それでも人(に限らず生き物)は、未知のものを恐れるようにできている。 「視聴の仕方」が解かると全然違って見える作品って意外と多いんですよね。 内容をネタバレされたら当然嫌ですが、どんな心構えで見ればいいかの方は早めに掴みたい。その辺のバランスを考えてくれる構成作家さんには頭が下がります。 今回は「アニメを安心して見たい」という話ばかりでしたが、そんな気分になる理由は季節の問題ばかりでもなかったりします。 なんか最近ね「本当に面白いことは面白いんだけど、手放しで喜べない」という感想になるアニメが多いんです。喉に骨が刺さりそうなアニメと呼ぶべきか。 何を描くにも従わなきゃいけないテンプレみたいのがある時代だけど、そんなの書く人が作ったわけじゃないから、どこに地雷が埋まってるのか誰もわからない。だから大暴投も覚悟の上での確率論勝負を迫られるのが今のスタイルなんですかね。 観る側も、全体で見た収支計算でドライに好き嫌いの判断をしなきゃ駄目か…。 昔みたく「ガビィィン!! 俺のツボキター!!」みたいな衝撃をまだ期待していたいけど。 人って、そんな簡単に割り切れるものなんですかね? 足し算引き算のプラスかマイナスかでしか何かを見れないなんて、なんか淋しいよ。 PR |
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